私が保育士として「担任の先生」を辞めた理由

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今回は、とても個人的な記事を書いてみます。
あまり誰かの参考になるようなものでもなければ、保育士さんたちの共感もないかもしれない、そのくらい個人的な内容です。
興味があれば読んでもらえると嬉しいです!

時系列で振り返ってみます。

大学から目指した保育士という道

私は、大学から保育士と幼稚園教諭一種免許を取ることができる学科に進学しました。
進学した大学は、2つの資格・免許が取れる大学の中でも、総合大学を選びました。
理由は、学ぶ中で万が一「あまりにも合わない」と感じた場合に転部できるように、です。(リスクヘッジ人間)
結局「合わない」と感じることはなく、そのまま保育士として就職するに至りました。

夢とリスクヘッジで選んだ新卒の保育園

新卒で就職先に選んだのは、株式会社で全国に園を展開していた保育園でした。
その会社に選んだ理由は色々ありますが、重視していたのは
・保育をやりながらも、保育以外の社会人スキルや事務スキルが身に付くところ
・現場上がりで本部(本社)へのキャリアアップを実現しているところ
ということです。

なぜそこを重視したか、理由があります。
保育には体力が重要。
何歳になっても保育現場で保育し続ける体力が自分にはあるのかが未知だったから、キャリアアップを実現できそうなところを選びました。
とは言え、体力はそこそこ自信がありました。でも、ずっと後のことまでは分からないですからね。
それ以外にも、保育園を「作る側」「整える側」にも興味がありました。経験を積んだ先にそんなことができたら良いな、と。
また、保育や教育業界はどうしてもそこ独自の常識に閉じこもったり、保護者は会社員の方が多いのに、あまりにも社会のことを知らなかったり、ということになりがち。専門性が高いが故に起きやすい事故です。
そういったことを避けたいから、「一般企業の常識」もしっかり身に付けたかったのも理由です。
あとは、何かあったときのために、できることが増えるのは良いことだと思ったから。(リスクヘッジ人間)

その後、転職も挟みましたが保育の現場を続けてきて、「保育が好き」「結構私って保育士に向いてるかもな!」と思いながら、何より「子どもが可愛くて仕方ない」という大きな気持ちを持ちながら保育に従事してきました。

あまりにも早かった断念〜リスクヘッジの敗北〜

そして、転機は突然訪れました。

25歳の秋頃でした。まだ新卒4年目ですね。
よくある風邪をひいたのですが、解熱後も体がだるく、1週間経ってもだるさが治らない
そのままなんとなく過ごしていましたが、2ヶ月経っても治らない。
月〜金曜まで働くと、もう木曜・金曜は特に体力が残っておらず、本当にしんどい。
有休を計画的に使いながら、できるだけ勤務が週4日になるようにして誤魔化していました。
今思うと、当時は職員が多い園だったので、こんなことができていました…

そのまま季節は過ぎて、冬も超えていました。
血液検査もしましたが、特に異常なし。
明らかに体調がおかしいのに、何も見つからない。
なんとか有休を使いながら、だるい体のまま保育を続けました。本当にしんどかった。
ですが、春になりGWも終わったころ。
自分でも情報を集めて、何件か目に受診したクリニックでついに見つかりました。

私は難病を患っていました。
重症筋無力症という難病で、治りません。

治療をしながら保育をしていましたが、体のだるさがひどく、しばらくして
「保育はもうできない」と結論を出しました。

「保育の経験を積んだら、キャリアアップを」と考えていた私のリスクヘッジ計画も、何の意味も持たなくなりました。
リスクヘッジ、完全敗北。
保育士歴3年ちょっとでは、SV(スーパーバイザー)や本部へのキャリアアップは難しいです。
当時所属していた会社では難しかったうえに、転職活動でも挑戦してみましたが、この経験では受け入れてもらえませんでした。

こんなに早く現場から離れなければいけないことになるなんて。
あまりにも計画外の出来事でした。

リトミック実践への挑戦

結局、転職はせず、同じ会社の同じ保育園で「保育事務」をすることになりました。たまたまそのタイミングでその職種が必要になりました。
一般事務に加えて、補助金の申請や企業とのやりとりも多少できたし、
リトミックの時間を持たせてもらえることになり、これはこれでとても良い経験になりました。

園長先生に挑戦

その後しばらく保育事務を続けた後、保育園の園長先生として雇ってもらえることになり、転職しました。
何十年と保育現場にいて園長先生になったのとは違うので、そういった方と比べると決して経験が豊富とは言えません。
私より保育歴が長い職員も当然いましたし、ほとんどが年上の職員で、初めは少し自信がありませんでした。
ですが、保育園はチームです。実際は全てのことを私が一番知っている必要はありませんでした。
身に付けてきた社会人スキルや事務スキルを活かして、意外に上手くいき、楽しい日々が始まりました。
入社して1年くらいで、園児の数も倍以上に増やすことができ、大好きな子どもに囲まれて、尊敬する保育現場の職員のバックアップができて、充実した日々でした。

順調だと思っても色々起こるのが人生。まさかの今◯◯!!

このまま、保育園の管理職としてのスキルを身につけていこうと思っていたところ。
ここでまさかの妨害…
経営層からのあまりにもひどいパワハラが始まりました。
当時の会社は株式会社で20園くらいの園を持っていましたが、中身はいわゆる「一族経営」で、引責辞任したはずの身内がいつまでも牛耳っている、古い古い体質でした。
身バレ防止のため、詳細はもっと時間が経ったら書こうと思います。

そして実は今、無職です!!!!😂

無職を経て就職できました!!!

基本的に強メンタルの私。
耐えに耐えましたが、とんでもないパワハラ事件が起こり!!!(笑)
ついに辞めました。
同じ会社の人には「よくこの環境でここまで続けたね。むしろ長いと思った」と言われるほどのひどい環境でした。
保育園の管理職としての転職も考えましたが、なんだか保育園に勤めること自体、なんなら会社という組織に勤めること自体、今は嫌になってしまいました。
今まで継続していた保育士相談や、保護者相談、単発でのリトミック、動画制作などを変わらずにやりながら、これからどうやって生きていこうと悩んでいます。

迷いと夢

今は衝撃的な経験から、たくさん迷っています。
でも、保育は大好きで、保育には関わりたい。それは捨てられない。
病気があるから「担任の先生」が難しくても、保育・子ども・子育て支援に携わりたいという気持ちは、消えません。

保育現場を良くしたり、子育て支援をしたり、そういった活動に携われたら良いなあと、模索中です。
もし何か私にお手伝いできることがあれば、お声がけいただけたら嬉しいです。

私が目指す活動のひとつとして「すくすくみゅーじっく!」はこれからも続けていきます。
すくすくみゅーじっくは、子どもも大人もすくすく成長できる音楽をお届けします。親子で一緒に楽しめるオリジナルソングや体操、リズム遊びを中心に、心を育てるコンテンツを制作しています。
子どものために、子どもも大人も笑顔でいてほしい🌱それが願いです。
コンテンツはYouTubeからご覧ください。

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